東京高等裁判所 平成3年(ネ)1175号 判決 1991年10月23日
控訴人 古山照子
右訴訟代理人弁護士 稲見友之
豊吉彬
被控訴人 小林丑雄
右訴訟代理人弁護士 田中三男
主文
本件控訴を棄却する。
控訴人の当審における予備的請求を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
理由
一 被控訴人は司法書士としてその業務を行っている者であること、被控訴人は控訴人の夫英二から本件二の土地建物につき本件二の抵当権設定登記手続をすることを委任されたが、この登記をするに至らなかったことは、当事者間に争いがない。
二 成立に争いのない≪証拠≫によると、次の事実を認めることができる。
1 昭和五八年三月二〇日、控訴人(夫の古山英二が代理した。)は、谷森久男に一〇〇〇万円を貸し付け、その担保として谷森所有の本件一の不動産に本件一の根抵当権(極度額一三〇〇万円)の設定を受け、同年五月六日その登記を経由した。
2 昭和六一年四月谷森は、本件一の土地建物を市川市内の不動産業者である藤田士(以下「藤田」という。)に売却するに当たり、同土地建物が負担している本件一の根抵当権設定登記の解除を控訴人に求めたが、その際谷森は、控訴人に対し、売却代金から本件一の根抵当権の被担保債権のうち五〇〇万円だけしか返済できないので、あと五〇〇万円の債務については、本件一の根抵当権設定登記を抹消してもらう代わりの担保として、谷森が別に所有する本件二の土地建物に本件二の抵当権設定登記手続をすることを約束した。
3 被控訴人は昭和五〇年四月から市川市で司法書士を開業しているが、かねて藤田から登記の仕事を依頼されていた。
被控訴人は昭和六一年五月、藤田から、同人が谷森から本件一の土地建物を転売目的で買い受けることとなったので、同土地建物の所有権移転登記及び同土地建物が負担している(根)抵当権三件の抹消登記に関する書類の確認を依頼された。被控訴人は同月二三日藤田と共に、練馬区大泉学園町にある古山英二の事務所を訪れ、同所で控訴人の代理人である英二及び谷森に会い(なお被控訴人は英二を、右の時点で初めて知った。)、藤田の依頼に基づき、控訴人の本件一の根抵当権設定登記を抹消する書類の確認をした。その際、英二は控訴人を代理して被控訴人に対し、右抹消登記手続及び本件二の抵当権設定登記手続を依頼し、被控訴人を受任者とする登記申請委任状二通に控訴人名の記名捺印をして印鑑登録証明書二通を添えて交付し、右抹消登記手続に必要な費用及び報酬として三万九三〇〇円、右設定登記手続に必要な費用及び報酬として四万〇四〇〇円を支払った。
しかし、谷森は、このとき本件二の抵当権設定登記手続に必要な本件二の土地建物の権利証を持参していなかった。そのため、この日に本件二の抵当権設定登記手続をすることができないこととなったので、英二は右設定登記の原因証書となる控訴人と谷森間の抵当権設定金銭消費貸借契約書(乙第一号証、但し未完成)の末尾に、「権利書が到着次第手続き御願ひします。(5月27日予定)」と記載して、被控訴人に渡した。
藤田はその場で谷森に売買代金を支払い、谷森はその中から英二に五〇〇万円を支払った。
4 鈴木司法書士は市川市で司法書士を開業しているが、本件一の土地建物につき、藤田からの買主である染谷力夫らのために所有権移転登記手続を行うこと依頼された。昭和六一年五月二三日鈴木司法書士は、本件一の土地建物につき設定されている本件一の根抵当権設定登記の抹消手続を被控訴人が受任していることを知ったので、被控訴人と連絡をとり、同月二四日被控訴人事務所で、被控訴人から右抹消登記手続に必要な書類の引渡しを受け、同月二六日右移転登記及び抹消登記の各申請書を千葉地方法務局市川支局に提出し、これにより本件一の土地建物につき本件一の根抵当権設定登記が抹消され(このとき他の二件の抵当権設定登記も抹消された。)、同時に谷森から染谷力夫らへ所有権移転登記がなされた。
右移転登記申請書は代理人として鈴木司法書士名義で作成されたが、抹消登記申請書は代理人として被控訴人名義で作成されている。
5 その後、谷森及び控訴人は、被控訴人事務所に本件二の土地建物の権利証を持参しないので、被控訴人は谷森及び英二との連絡を試みたが、事態の進展はなく、結局権利証を入手できなかったため、本件二の抵当権設定登記手続を行いえないままとなった。しかし、被控訴人は、受領済みの設定登記手続費用等をまだ返還していない。
三 以上の認定事実によると、被控訴人は、昭和六一年五月二三日控訴人から本件一の根抵当権設定登記の抹消登記申請についての委任状その他の必要書類を受け取り、右登記申請の費用及び報酬も受領し、二六日には被控訴人を申請代理人とする抹消登記申請書が所轄登記所に提出され、登記が行われているのであるから、被控訴人が本件一の根抵当権設定登記の抹消登記手続を受任し、申請代理人として登記申請を行ったものであることは明らかである(登記申請は書面をもってすることを要求される公法上の行為であり、被控訴人を受任者とする委任状に基づき被控訴人名で行われた申請を、被控訴人の代理行為でないということはできない。鈴木司法書士が被控訴人の行為を事実上代行したものとみるべきである。)。したがって、被控訴人は本件一の根抵当権設定登記の抹消登記手続と本件二の抵当権設定登記手続の両者を受任していたことになる。
しかしながら、右抹消登記と設定登記とを同時に行うべきものとする約束があったとは、これを認めることができない。何となれば、谷森と藤田との間における本件一の土地建物の売買については二三日に売買代金の授受が行われ、控訴人の代理人英二はその中から貸金の一部弁済として五〇〇万円の支払を受けているが、売買代金の授受があった以上、これと引換えに所有権移転登記手続及び根抵当権設定登記の抹消登記手続が行われるべきことが当然に予定されていたといわなければならないからである。売買代金の中から根抵当権の被担保債権の一部の弁済を受けておきながら、根抵当権設定登記の抹消を後日に留保するというようなことができるわけはない。英二としては、とりあえず五〇〇万円の支払を受けて根抵当権設定登記の抹消には応じた上で、谷森から差替物件の権利証が届けられ次第、これに抵当権設定登記をするつもりであり、前記乙第一号証の末尾の付記はこのことを表しているものと認めざるをえない(もし英二があくまでも抹消登記と設定登記の同時処理に固執したならば、その日に売買代金の支払はされず、したがって英二に五〇〇万円が支払われるには至らなかったであろう。)。
被控訴人は、英二に対し本件二の抵当権設定登記を本件一の根抵当権設定登記の抹消登記と引換えに同時に行うことはできない旨を説明したと供述しているが、この供述は右に認定した事実の経緯からみて信用に値するということができ、これに反する証人古山英二の証言は採用できない。
そうだとすると、被控訴人が本件一の根抵当権設定登記の抹消登記手続を先行させたことを受託契約上の義務に違反した行為であるということはできない。
四 次に、控訴人は、被控訴人が本件二の抵当権設定登記手続をしなかったことをも債務不履行であると主張するが、前記二5で認定したように、被控訴人は、谷森及び控訴人から本件二の土地建物の権利証が届けられなかったため、右抵当権設定登記申請をすることができなかったのであり、これが被控訴人の責に帰せられるべきいわれはない。
よって、いずれにしても被控訴人の債務不履行責任は成りたたない。
五 控訴人は、当審で、予備的に不法行為に基づく損害賠償を請求する。しかしながら、前記のとおり、被控訴人は控訴人から本件一の根抵当権設定登記の抹消登記手続と本件二の抵当権設定登記手続の委任を受けたが、前者の抹消登記手続を先行させたことが控訴人の意思に反する行為であったとはいえず、このあと後者の抵当権設定登記手続を行うことができなかったのも、権利証が届けられなかったという専ら控訴人側の事情によるものであって、右登記手続を委任された被控訴人側の故意又は過失による違法な行為であると認めることはできない。
したがって、控訴人の右予備的請求もその余の点につき判断するまでもなく理由がない。
六 よって、右と同旨の原判決は相当であって、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却し、当審における予備的請求も失当として棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 大藤敏 水谷正雄)